INTERVIEW 沼尻竜典(神奈川フィルハーモニー管弦楽団 音楽監督)

神奈川フィルハーモニー管弦楽団が音楽監督・沼尻竜典のもと2023年からスタートさせた「Dramatic Series」は、オペラの名作をセミステージ形式で上演するもの。《サロメ》《夕鶴》といずれも大好評を博し、次に何が上演されるのか楽しみにしていたという人も多いだろう。待ちに待った第3弾として選ばれたのはワーグナー《ラインの黄金》。かつて、リューベック歌劇場の音楽総監督を務めるなどドイツ・オペラの本場を知る沼尻に、シリーズの意図やワーグナー作品について存分に語ってもらった。
セミステージ形式を日本のオペラのあり方のひとつとしてとらえたい
—— まずは、「Dramatic Series」を始められた意図を教えてください。
「オペラが得意なオケにしたい」という神奈川フィル事務局の強い思いからスタートしました。現在、日本ではオペラの演奏会形式上演が増えていますが、そこには世の中全体の縮小傾向が背景にあると思います。本格的な舞台上演が経済的に難しくなってきている今、オーケストラが主体となって音楽を中心としたオペラ上演に取り組むことで、日本のオペラは生き残っていけるのではないでしょうか。オペラの新しいあり方のひとつとしてお客様にも認知されてきたと感じています。
最近では、老舗のオペラ団体に籍を置かない歌手が増えてきたので、神奈川フィル主導で「オールジャパン」のキャスティングができることも、この企画の大きな魅力です。
—— 第1回の《サロメ》を聴いた時、その音楽的なクオリティの高さに驚いたのですが、沼尻さんとオーケストラとの関係性の良さというのも大いに影響しているのではないでしょうか。
神奈川フィルとはこれまで、神奈川県民ホールでオペラを10本やってきていますからね。「Dramatic Series」過去2回の上演においても、確かな手応えを感じましたし、何よりもオーケストラのメンバーがオペラにとても興味を持って、熱心に勉強してくれているのがありがたい。いい意味での学園祭的な盛り上がりがあり、それが歌手の「オケに負けていられない」というモチベーションにもつながっています。
—— 一方で、オーケストラが舞台に上がるセミステージ形式では、音響のコントロールなどの難しさもあると思います。
最初の《サロメ》では細かく指示を出しましたが、第2回の《夕鶴》ではオケが慣れてきて、歌と一緒に演奏する際の音量バランスやタイミングを自主的に解決するようになりました。
指揮者にとっては、歌手が背中側にいる形になりますが、僕自身はコロナ禍にびわ湖ホールで行ったワーグナーの三作品の上演で、このスタイルにかなり慣れました。歌手のブレスや子音の発音を聴いて、アイコンタクトなしでうまく合わせられるようになりました。




今の神奈川フィルだからこそ実現するワーグナーが求めた音楽
—— 先ほどお話にも出ましたが、沼尻さんといえばびわ湖ホールでの《ニーベルングの指環》全曲上演という功績があります。今回の演目《ラインの黄金》も、沼尻さんのご提案なのでしょうか。
そうです。神奈川フィルとのワーグナーはこれまでに《タンホイザー》《さまよえるオランダ人》《ワルキューレ》(日本センチュリー響と合同)をやってきましたが、すでに十分手応えを感じていました。ここ数年楽団員の世代交代も進み、スタミナもついてきて技術的な向上も著しい。また、最近の定期演奏会では、ブルックナーやマーラーといった重厚な作品を取り上げる機会も増えているので、今こそまたワーグナーをやりたいと思いました。
—— 沼尻さんにとって、ワーグナーの音楽の魅力はどんなところにあるのでしょうか。
ワーグナーはよく「音の厚み」ばかりがいわれますが、大いに盛り上がるところと、非常に室内楽的な書き方をしているところのコントラストがはっきりしていて、ダイナミックレンジをとても広くとってある。階調も大変に細かくて、例えば「p(弱く)」から「pp(とても弱く)」の間に「piu p(より弱く)」という表記があったりして、それを忠実に再現するととても魅力的な音響が生まれる。今回の《ラインの黄金》では、ぜひそうしたワーグナーが求めている繊細さと、重厚さの両面を聴いていただきたいと思います。

—— 今回は楽器編成もワーグナーの指定に忠実になさると伺いました。
オーケストラはワーグナーが指定した16型を採用します。日本の劇場はオーケストラ・ピットが狭いのでなかなかできないのですが、今回は舞台上にオーケストラが乗るので可能です。ハープもワーグナーの指定通り、舞台上に6台、舞台裏に1台の合計7台使います。大変な贅沢ですが、舞台上にワーグナーが意図した豊穣なサウンドが再現されるはずです。
—— 他にも何か仕かけはありますか。
京浜急行電鉄さんにご協力いただいて、ミーメが打つ鉄床に京急の実際のレールをカットしたものが使えることになりました。これも、神奈川県というホームグラウンドを持つ神奈川フィルならではかと思います。

—— “ワグネリアン”と“鉄オタ”はファン層が重なっているような気がします(笑)。ぜひ京急のレールの音にも注目してほしいですね。
歌手陣はヴォータン役の青山貴さんをはじめ、これまで僕と一緒にチームを組んでワーグナーを上演してきた方々を中心に集まっていただきました。今回がワーグナー全曲初出演となる注目のバリトン、黒田祐貴さんもドンナー役で出演します。これまで蓄積してきたワーグナー演奏のノウハウが結集した舞台になると思いますので、お楽しみに!
取材・文:室田尚子
写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
Dramatic Series 楽劇《ラインの黄金》セミステージ形式
2025.6/21(土)17:00 横浜みなとみらいホール
ワーグナー:楽劇《ニーベルングの指輪》序夜《ラインの黄金》
指揮:沼尻竜典(音楽監督)
ヴォータン:青山貴
ドンナー:黒田祐貴
フロー:チャールズ・キム
ローゲ:澤武紀行
ファーゾルト:妻屋秀和
ファフナー:斉木健詞
アルベリヒ:志村文彦
ミーメ:高橋淳
フリッカ:谷口睦美
フライア:船越亜弥
エルダ:八木寿子
ヴォークリンデ:九嶋香奈枝
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:藤井麻美
神奈川フィル・チケットサービス045-226-5107
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