【速報レポート】2025年度 武満徹作曲賞 本選演奏会&授賞式

我妻英・金田望が第1位を分け合う

 東京オペラシティ コンサートホールで開催された「コンポージアム2025」は5月25日、武満徹作曲賞本選演奏会(審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース)で幕を閉じた。阿部加奈子(指揮)東京フィルにより、譜面審査で選出されていた4作品が初演され、最終審査が行われた。本選演奏会を聴いた筑波大学准教授の江藤光紀さん(音楽評論)に、審査と授賞式の模様を速報で伝えてもらった。
2025年度武満徹作曲賞 審査員ゲオルク・フリードリヒ・ハース(中央)と受賞者(★)

第1位 我妻英(日本):管弦楽のための《祀》
1st Prize Suguru Wagatsuma (Japan): MATSURU for orchestra
(賞金833,333円)
第1位 金田望(日本):2群のオーケストラのための《肌と布の遊び》
1st Prize
Nozomu Kaneda (Japan): The Play for Skin and Fabric for 2 orchestras
(賞金833,333円)
第2位 該当者なし
2nd Prize
not awarded
第3位 チャーイン・チョウ(中国):潮汐ロック
3rd Prize Jiaying Zhou (China): Tidal Lock for orchestra
(賞金666,667円)
第3位 フランチェスコ・マリオッティ(イタリア):二枚折絵
3rd Prize Francesco Mariotti (Italy): Diptych for orchestra
(賞金666,667円)

取材・文:江藤光紀

 一人の審査員の審美眼により受賞者を決める作曲コンクール・武満徹作曲賞、今年はオーストリアのゲオルグ・フリードリヒ・ハースが審査に当たった。世界33ヵ国(出身国・地域)から137作の管弦楽曲の応募があり、うち4作品が5月25日の本選演奏会(東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル)で演奏された。演奏にあたったのは阿部加奈子指揮東京フィルハーモニー交響楽団。以下に各曲の概略と筆者の感想を記していこう。

 我妻英(日本)「管弦楽のための《祀》(まつる)」は柳田國男の『遠野物語』にインスピレーションを得ている。舞台の両袖にピアノと微分音に調弦されたハープが各1台ずつ配置され、これらが何度か打撃を与えて始まるが、そのどこか調子外れな響きは現実の世界に生じた亀裂を覚えさせる。すぐにクレッシェンドが始まり、あっという間に音響のカオスへと発展、そののち静寂とカオスは交互にシークエンスを作りながら進む。混沌としたサウンドには土着的な旋律の断片や祭り囃子のリズム、さらには土地の神々や『遠野物語』の登場人物の名前(オケのメンバーが叫ぶ)が練り込まれており、強力な土俗的パワーを感じる。中間地点あたりで客席後方から突如鳴り響くサクソフォンのソロも荒ぶる狂気を伝えた。“廃村に迷い込んだ旅人が地霊に取り憑かれてみる白日夢”といった趣だ。

我妻英(☆)

 金田望(日本)「2群のオーケストラのための《肌と布の遊び》」は指揮者の前にピアノを配置し、それを左右に分かれたオーケストラが囲む。この作品はファッション・デザイナー・三宅一生のクリエイションに想を得ており、ピアノ=身体/オーケストラ=衣服という関係性が基礎になっている。完全音程をメインにしたピアノのリズミカルでシンプルな動機がアクセントを絶えず変化させながら無窮動のように弾み、そこにオケが呼応していく。一種のミニマリズムのようでもあるが、呼応はいたるところで同時多発的に起こり変化に富むうえに、オーケストレーションに透明感がある。おしゃれな服を身にまとい街へ繰り出すと足取りが弾み、プリーツが風に吹かれてふわりとたなびく、柔らかな日差しのもとで私は服と共にきらきらと輝き出す―そんな感じがした。フットワークの軽さがイメージと的確に結びついている。

金田望(★)

 チャーイン・チョウ(中国)「潮汐ロック」のロックは「固定する」の意で、冥王星とその衛星カロンの引力関係をテーマにしている。ロングトーンが静謐で広大な宇宙空間を出現させると、二つの天体が影響しあう様が舞台上のオケとそれに対峙する3階客席後方の別働隊の交感を通じて描かれていく。公転と自転のずれが生み出す緊張は、聴覚的には微分音のゆらぎや基準音からうわずっていく金管楽器のグリッサンドが表現しているように思われた。とはいえ冥王星とカロンの関係は固定的ではなく、ファンタジーは自由に紡がれているようだ。結尾では別働隊の咆哮に応え、舞台上のオーケストラが激しく泡立ち、エネルギーが一気に放出される。「潮汐ロック」の瞬間だろうか。宇宙をテーマにした作品は珍しくはないが、太陽系の彼方の現象を「ロマンティックな詩」(作曲者の言)へと巧みにまとめあげた。

4曲の初演を行った阿部加奈子(指揮)と東京フィルハーモニー交響楽団(☆)

 フランチェスコ・マリオッティ(イタリア)「二枚折絵」は他の曲に比べ編成が小ぶりで、サウンドも繊細に編まれている。二つの楽章からなり、最初の楽章はオーケストラのざわめきの中で弦がグリッサンドで何度も下向する。作曲家によればこれは「嘆き」を表している。第二楽章は静けさの中で何度も同じ和音が打ち込まれる。こだまのようなたなびきをまとったこの和音は、黛敏郎が「涅槃交響曲」で鐘の音を模写したのを想起させた。執拗な、しかしどこかはかない和音の反復の底で何かが蠢きだし、ヴァイオリンとチェロが絡まり合う息の長い旋律へと発展する。作曲者いわくこれは「愛の二重奏」である。結尾では一瞬金管が鋭く叫ぶ。作曲者は標題を与えているわけではないが、これが暗い情念をテーマにした連作絵画だということは伝わってきた。

講評を述べるゲオルク・フリードリヒ・ハース(★)

 休憩の後、ハースの講評、順位発表、授賞式、受賞者のスピーチと続いた。結果は我妻・金田が共に1位、チョウとマリオッティが3位。どの作品もイメージの喚起力に長け、中でもアイディアをストレートに形にした作品が上位にきたのが興味深かった。ハースが各作品をどうとらえたのかは、本選後のスピーチが東京オペラシティ文化財団のウェブサイトに公開されているので御覧いただきたい。賞金総額300万円を5:4に分割して、第1位の二人に833,333円、第3位の二人に666,667円ずつ授与したのが、いかにも微分音の大家らしく微笑ましかった。

授賞式より(☆)

撮影:大窪道治(★印)池上直哉(☆印)/写真提供:東京オペラシティ文化財団

ON AIR INFORMATION
番組名:NHK-FM『現代の音楽』
[本放送]7/20(日)、7/27(日) 各日 AM8:10~9:00
[再放送]7/26(土)、8/2(土) 各日 AM6:00~6:50

 2026年度は、クラリネット奏者・指揮者でもあるゲオルク・ヴィトマン(ドイツ)が審査員を務める。2026年度は応募締切が2025年9月30日、本選演奏会は2026年7月12日に行われる。

武満徹作曲賞
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